エレミヤの問いと神の痛み

田島 卓(放送大学ほか非常勤講師/当教会信徒)
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エレミヤ書に「告白録」と呼ばれる箇所があります。預言者エレミヤが神に対してあれこれと嘆く場面が描かれている箇所ですが、非常に面食らう箇所ではないでしょうか。
 エレミヤの告白録のうち、とくに強烈なものはエレミヤ書15章や20章にあります。
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. あなたは知っておられます、ヤハウェよ。
私を思い出し、私を顧みて下さい。
私を迫害する者たちに対し、
私に代わって復讐して下さい。
あなたの怒りを遅くして、
私を取り去らないでください。
知って下さい。
私があなたのために、非難を受けていることを。                    
エレミヤ書15:15(岩波訳) 
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たとえばこの一句は、迫害にさらされていたエレミヤが神に対して訴える場面を想定して発せられていますが、ここでの訴えの強烈さは想像を絶します。というのは、「御怒りの遅さ」を示すヘブライ語は、聖書の他の箇所ではほとんど、神が慈愛と忍耐に富みたもう方であることを讃える表現で用いられているからです(例えば、出エジプト記34:6)。ところが、この箇所では、かえって、神が慈愛と忍耐に富み、エレミヤを迫害するものを赦してしまうからこそ、エレミヤへの迫害がやまないということを示すために使われています。
つまり、ここでのエレミヤの訴えは、誰にでも分け隔てなく与えられる神の慈愛と忍耐にこそ向けられているのです。
とすると、このことばはまた別の問題を指し示しています。エレミヤを迫害する者たちもまた神の慈愛と忍耐によって守られている者たち、すなわち神を信じる者たちの集まりであったということです。当時はキリスト教はまだ成立しておらず、ユダヤ教も今のような形ではないので、「古代イスラエル宗教」と呼んでおきたいと思いますが、古代イスラエル宗教の教団と預言者エレミヤのあいだにあった微妙な関係が浮かび上がってきます。
 エレミヤが活動したとされる南ユダ王国では、おそらく王権と教団が接近しており、政治的権力と宗教的権威の中央集権化が進められていました。もちろん、古代イスラエル宗教の特徴が生きている限り、人間である王を神とすることはないのですが、宗教の純粋化の名の下に地方聖所の廃止などが行われた結果、宗教がエルサレム神殿へと集中していきました。すると、ここに微妙な排除が生じてきます。ある運動が理想に燃えて純粋化を志し、ある中心をめがけて集中していくとき、その運動は中心から外れる者たち、逸脱する者たちをしばしば排除してしまうのです。
 そして、エレミヤの周辺においても同様のことが起こったと考えられます。エレミヤはアナトテという地方聖所の祭司の息子であり、熱心な宗教的環境で育ったことが窺われます。そのようなエレミヤの目には、ヨシヤ王による宗教改革運動、すなわち純粋化運動はまさに彼の理想を体現する運動に映ったはずです。エレミヤがヨシヤ王の宗教改革に対してどのような態度をとったのか、聖書には書かれていませんので推測するほかないのですが、おそらく、当初はこの運動を支持する態度をとったのでしょう。
 ところが、その結果、地方聖所の廃止が行われ、エレミヤの親戚たちは生活の基盤を失うことになるのです。ここに逆説があります。祭司の家に生まれ、そこで信仰を育まれ、熱心さを求めて宗教共同体(教会、集会、神殿)の純粋さを求めていくなかで、しかし、その運動は自らの故郷の人々の生活を圧迫します。そうして、おそらくエレミヤがヨシヤ王の政策に加担したことが知られると、故郷の親類たちはエレミヤが自分たちを裏切り、苦しめたと考えたことでしょう。こうして、故郷であるアナトテの人々がエレミヤ自身の命を狙ったという箇所(エレミヤ書11:18-23)の意味が理解できます。
 要するに、エレミヤは神のためと思って数々の活動を行なったにも関わらず、その結果はまったく裏目に出てしまい、彼はおよそ不釣り合いな報いの果実を受けることになったと考えられるのです。彼に向けられた嘲りの言葉などを超えて、実際に命が狙われる事態にまで迫害が深刻化していったのです。

 ここでエレミヤにとって明らかになったのは、応報原則がまるで機能していないという洞察でした。
応報という考え方について触れておきましょう。「信じる者は救われる」。キリスト教のイメージでこういうものをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ただ、こういうふうに単純化した言葉は、しばしば間違ったイメージを伝えることにもなりかねません。たとえば、「信じる」という行いをすれば、その「見返り」として「救われる」のだ、と。
これは正しい理解ではありません。なぜなら、「なにかよい行い」をすれば救われる、ということになってしまうからです。この場合は、「信じる」ということが「よい行い」ということになります。
 「よい行いをすれば、よいことがある」という考えを、応報説ともいいます。そして、この応報説は、じつはいたるところに隠れています。「彼が不幸なのは努力をしてこなかったからだ」。「彼の能力に見合う給料はこのくらいだ」。「彼が成功したのは努力と工夫を重ねたからだ」。言ってしまえば、「報いられるべき行いに対して、相応の報いがあるべきだ」という応報説の考えは、道徳や正義、あるいは法律といったものの基本的な考えになっています。
 ちなみに、こういった応報説は、一見、宗教じみたものに見えますが、じつのところ、むしろ宗教的ではないというべきです。
 応報説は、ある道徳的な原因から、おなじく道徳的な結果が起こることを信じるものですが、もしこれを道徳的な原因から自然的な原因に置き換えると、自然法則と同じようなものになります。つまり、応報説という考えの仕組み自体は、むしろ自然科学などのものの考えかた(因果性にもとづく合理的推論というような)に近いのです。
 ここで、「信じるものは救われる」というような言い方に立ち戻ってみると、「信じるならば救われる」という考えを神が保証するというとき、保証する神を「法則」と言い換えても成り立ってしまうことに気づきます。そこには自由に意志する神の姿はないのです。
 こういった応報思想と、エレミヤの元来の預言、およびイスラエルの預言者たちの使信とのあいだには微妙な関係があります。イスラエルの預言者たちはしばしば罪の結果としての裁きを伝えてきました。そこには悪因悪果の応報思想があります。ところが、その裏命題というべき、善因善果の応報思想は希薄なのです。
これは、良い行いをすれば救われる、悔い改めれば救われると彼らが考えなかったということではありません。そうではなく、良い行いをしたり、悔い改めることが現実の人間にはおよそ期待できないことであり、それゆえ、原理的にはありうるとしても、現実的には不可能である、ということを意味しているとしたほうが適切でしょう。つまり、それほどまでに人間の罪は深いのだという洞察が預言者にはあります。
 こうした人間の罪深さの認識はエレミヤの場合、次のような言葉に表明されます。「変えることができようか、クシュ人がその肌を、豹がその斑点を。もし、それができるなら、悪を為すのにのに馴れたあなたたちでも、善を為すことができるだろう」(エレミヤ書13:23)。
 では、人間はいかに救われるのでしょうか。人間があまりに罪深く、自力で悔い改めることができないとすれば、それを砕く救いの力は神から来るほかありません。それゆえ、エレミヤにおいて、救いの到来は無条件的な神の恵みに由来し、ちょうどホセアと同じように(ホセア書1-3章参照)、一方的に与えられる恵みとして語られるのです。たとえばエレミヤ書3章から4章4節から後代の編集を取り除くと、元来の構成では、赦しは無条件的・一方的に与えられるのです(詳しくは、拙著『エレミヤ書における罪責・復讐・赦免』107-141頁をご覧ください)。
 このような、救われるに値しないはずの者に救いが与えられるという教説は、応報説を超えた自由な神の姿を示します。

 さて、エレミヤにおいて、しかし、上に述べたような恵みの神の自由さと正義の感覚は真っ向から対立します。応報的正義が破綻している現実を前にして、正義が果たされるべきだという信念はより強くなります。しかし、それと同時に、イスラエルの預言者の伝統の中で受け継がれてきた、一方的に人間に恵みを与え、それゆえ裁きの執行を延期する神の姿もあるのです。ここで、エレミヤ自身のなかに深い葛藤が生じたことを容易に考えることができます。そしてこの葛藤が極めて深刻になり、かつ預言者に加えられた迫害の度が増されて行くにしたがって、エレミヤは次のような言葉を告白せざるを得ませんでした。
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主よ、あなたが私を口説かれたので、ヤハウェよ、
私は口説き落とされました。
あなたは私をねじ伏せ、
私を、思いのままになさいました。
私は日がな一日、物笑いとなり、
皆が、私を嘲ります。
私は語るごとに、叫び、
「不正だ、暴虐だ」と呼ばわらねばなりません。
まことに、私へのヤハウェの御言葉が、
一日中、恥辱となり、
笑い草となるのです。
エレミヤ書20:7-8(岩波訳)
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 この言葉に続いて、エレミヤは「それ〔ヤハウェの言葉〕を思い出すまい。二度と彼〔ヤハウェ〕の名で語るまい」と語り出します。ここには、預言者としての責務を捨てるという決意が、言い換えれば、棄教しようという決意が見て取られるのです。

 しかし、この棄教の決意の瞬間に、エレミヤは不思議な体験をすることになります。
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それでもそれ〔御言葉〕は、
私の心の中、骨々の中に、閉じ込められ、
燃える火のようになります。
私は押さえつけようとしましたが、
我慢できません。
耐えられませんでした。

エレミヤ書20:9(岩波訳)
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 もはや神を捨てようと思ったそのとき、決断を下したその暗い感情の奥底で、「骨の中」、すなわちヘブライ語で人格の中心を示す表現の中に、燃え上がる火とエレミヤは出会うのです。
 相手を見捨てようとした瞬間に、逆説的に、見捨てようとした相手の記憶が蘇り、それがいかに大切な存在であったかを再認識するという語りは、実は、エレミヤの初期預言のなかに、神が北イスラエル王国について語った言葉の中にみることができます。
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エフライムはわたしにとって掛け替えのない息子なのだろうか。
また喜ばしい子供なのだろうか。
まことに、わたしは彼のことを語るたびに、
彼のことを再び必ず思い出す。
それゆえ、わたしの腸は彼のために悶え、
彼を憐れまずにはいられない。
————ヤハウェの御告げ————
エレミヤ31:20(私訳)
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 新共同訳ではこのニュアンスが伝わりづらいので、別の翻訳を持ち出しましたが、ここには神と人の、生々しい葛藤と対話があります。エレミヤは神に対して率直な問いをぶつけ、神もまた人に対して、人が自分にとって本当に大事だったのだろうかと自問をしさえします。
 こうして、もはや自分から離れてしまったかに見える相手のこと見捨てようとしたとき、しかしどうしても見捨てることができないという思いが神ご自身の中心のなかに湧き上がってきたというのです。そして、エレミヤが神を捨てようとして、しかしできないことを悟る経験をしたときに、実はこの経験は、エレミヤにさきだって神自身が経験していたというのです。
 エレミヤ書20章において、神はエレミヤの苦難を言葉によって慰めてはいません。しかし、神はそのエレミヤの苦悩をともに苦しみ、そのためにともに痛み(悶える腸)を抱えています。
 苦悩の痛みの中に、これを手軽に癒し和らげるのではなく、ともに苦しむ神の姿が現れます。
 このような痛む神の姿の中において、応報的な正義を振りかざすだけでもなく、恵みを与えるだけでもなく、両者を結びつけつつ、しかも苦しむもののそばにいる神について、エレミヤは証言しているのです。